知財研セミナー
2024年8月21日
欧州審査実務
記載要件・補正要件のエッセンス
~日本実務家の視点~
8/21(木)の知財研セミナーにご参加いただき誠にありがとうございました。本セミナーでいただいたご質問の回答を作成いたしました。もし何かご不明な点がございましたら、koide@dpat.deまでご連絡くださいませ。
質問1:Euro-PCT出願のEP移行時にEPC規則70(2)の通知を受ける権利を放棄した場合に、EESRの見解書が添付されないとの記事を別件で拝見しました。これはEESRへ応答する機会がなくなった上でOAが始まるという理解でよろしいのでしょうか。
はい、EESRへ応答する機会も放棄することになり、換わりに条約93条(3)の通知がなされます。基本的にはどちらも同じ拒絶理由の内容になるはずですが、仮に何らかの事情で審査請求を取り下げしようとした場合、70条(2)の通知の応答時であれば料金が一部戻ってくる点で異なります。EPC規則70(2)の通知を受ける権利を放棄するメリットとしては、条約93条(3)の通知への応答期間の違いなどにより、70条(2)の通知を受ける権利を放棄した方が若干早く審査結果を得られる傾向にあるといわれています。
質問2:欧州の大学等の非営利機関は、企業との共同研究契約書に、どのような知財条項を入れているかをご教示いただけないでしょうか(例えば、大学は企業と共同出願せず研究成果は大学の知財とする。大学が共同出願の場合は、大学側が知財活用をコントロールし持分に応じて収入を分配する。など)。
産学連携共同研究開発における知財条項は当然のことながらケースによって様々ですが、一般的には欧州ではLambert-toolkitと呼ばれるモデル条項がイギリス知財庁から公表されています。知財の割り当てに関する条項も含まれます。我が国の文科省が公表しているさくらツールの元となったモデルです。
https://www.gov.uk/guidance/university-and-business-collaboration-agreements-lambert-toolkit#model-research-collaboration-agreements
または数は少ないですが、欧州には産学連携研究開発の契約支援を行う知財法律事務所もございます。弊所提携の事務所でよろしければ、互いの目的や条件があえばご紹介することもできるかと存じます。もしご関心があれば、koide@dpat.deまでご連絡くださいませ。
質問3:T783/09のケースの好適記載はR1=NO2とR2=アルキルNH2がそれぞれよいと記載あったのか、それともその組み合わせがよいとのことだったのでしょうか?
本ケースでは、それぞれがよい事例として記載されていました。
事前質問1:日本のシフト補正、目的外補正等に該当するような補正の制限があるか。
EPC規則137条(5):日本のシフト補正に対応
補正クレームは,当初にクレームされていた発明又は単一の包括的発明概念を形成する一群の発明と関連していない未調査の主題を対象とすることができず,規則62a又は規則63に従って調査されていない主題を対象とすることもできない。
EPC第123条 (3):日本の減縮補正に対応
欧州特許は,保護を拡張するように補正してはならない。
事前質問2:誤訳訂正の成功率はどれほどか。
厳しい補正・訂正要件に比べ、EPOにおける誤訳訂正の要件はユーザーに対して非常に優しいです。日本語辞典、和英・英和辞典及び英英辞典などを用いて意見書にて丁寧に説明することが重要かと考えますが、それでも日本語明細書に基づく誤訳訂正は日本語を母国語とする私たちにとってハードルは高くありません。私個人的な経験での成功率は今のところ100%です。
事前質問3:図面からの補正の可能性(明細書に図面の詳細を記載していなく認められたケースは存在するのか、存在する場合はどのような補正だったのか)
プレゼンテーション資料でもお伝えしたとおり、図面に基づく補正は非常に厳しく、典型的には中間一般化に相当するとして拒絶されるケースが多いのでお勧めはいたしません。図面のみから導こうとする請求項の特徴が、図面に示された(かつ請求項に特定されていない)他の特徴から分離できるという根拠を説明する必要があります。
認められたケースは数は少ないですが、ご参考までに私が過去に調べた範囲では以下が見つかっています。もし拒絶理由に反論する場合はこれらを根拠として引用することも一案かと考えます。
T 169/83, T 523/88, T 748/91, T 191/93, T 398/92(厳密にはグラフに基づく補正), T2541/11
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t830169ep1
https://www.epo.org/de/boards-of-appeal/decisions/t880523du1
https://www.epo.org/de/boards-of-appeal/decisions/t910748du1
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t930191eu1
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t990568eu1
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t112541eu1
事前質問4:クレームの数値範囲の減縮補正要件についてお伺いしたいです。
例えば、クレームに「A成分 30~60%」と規定されている場合において、下記①~③の補正の可否についてコメントを頂きたいです。
①明細書本文中に「A成分の含有量は30~60%であり、35~55%が好ましく、40~50%がより好ましい。」と記載されている場合に、「30~55%」や「35~50%」というように、上限のみを限定したり、上限と下限を異なるレベルで組み合わせたりする補正は、欧州のプラクティスでは基本的にNGと考えて宜しいでしょうか?(最近、審査官からそのような指摘を受けるケースが多いです)
ご指摘の事例では、通常は当該補正は認められます。プレゼンテーション資料の数値限定のパターン1に該当します。(過去T 925/98、T 249/12等の多数の審決で支持されています)
なお最近審査官からそのような指摘を受けるケースが多いとのことですが、確かに本数値限定の考え方はあくまでT審決によって支持されているものでG審決でないので、最終的には具体的な明細書の記載で結論が変わる可能性はゼロではありません。ただ私個人の経験上では、これまでこの事例で認められなかったことはありせんでした。
私が考えられるのは、例えば請求項にA成分だけでなくB成分など別のパラメータがあり、それらを同時に減縮する場合などは考え方が若干異なり、認められない場合があります。
いずれにしましても、このパターンで審査官から指摘を受ける原因について、十分な回答ができず申し訳ございません。もし具体的な出願番号をkoide@dpat.deまでお教えいただければ更なる分析をさせていただきます。
②明細書本文中に「A成分の含有量の下限は30%以上であり、35%以上が好ましく、40以上%がより好ましい。A成分の含有量の上限は60%以下であり、55%以下が好ましく、50%以下がより好ましい。」というように、上限と下限を分けて記載していた場合も、①と同じ補正制限がかかるでしょうか?
この事例では、通常は当該補正は認められません。プレゼンテーション資料の数値限定のパターン3に該当します。
③実施例の値を用いて補正することは基本的にNGでしょうか?例えば、実施例にA成分42%のデータが記載されている場合に、「30~42%」と補正することはNGでしょうか?
実施例の値を根拠に用いること「のみ」をもってNGとはなりません。ただし、実施例からの抽出は中間一般化とされる恐れが高いのでお勧めはしません。
成功した事例として、ご参考までに私が過去に調べた範囲では以下が見つかっています。もし拒絶理由に反論する場合はこれらを根拠として引用することも一案かと考えます。
T 201/83, T 1556/16, T 876/06, T 1188/10
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t830201ep1
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t161556eu1
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t060876eu1
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t101188eu1
事前質問5:日本の出願人が犯しやすい間違いとその対策を教えていただけるとありがたいです。
今回のセミナーはまさにご質問の点をテーマとしておりましたので、全体を通じて一定程度、日本の出願人にとっての課題とその対策をお伝えできたことを願っていますが、改めて項目出ししますと以下の点になります。
記載要件
ー異議申立における戦略:明確性が異議において取消理由とならない場合となる場合の違い
ー十分性の拒絶理由の対応策:パラメータ発明において欧州では日本より厳しく判断される点
補正要件
ーゴールドスタンダード:補正の根拠として「直接かつ一義的」であることが求められる点
ー異議における逃げ場のない罠:欧州では日本より厳しく判断される点
ー中間一般化:日本実務と運用が異なる点
ーチェリーピッキング:日本実務と運用が異なる点
ー数値限定:日本実務と運用が異なる点
ー図面に基づく補正:日本実務同様、欧州では厳しく判断される点
何か質問がありましたら、問い合わせフォーム、または、日本人スタッフ(koide@dpat.de)までご連絡くださいませ。お待ちしております。

小出 輝
アソシエイト
元日本国特許庁 審査官・審判官